
肌がどうとか、美容がどうとか。
そういう言葉に、どこかでずっと距離を感じていた。
誰かの“こうあるべき”が詰め込まれた言葉たちに、
うっすらと疲れて、
うっすらと違和感があって。
綺麗になりたいと思う気持ちさえ、
どこか借りものみたいな感覚があった。
きっと、自分の本音と重なっていなかったんだと思う。
でも、ある日ふと、
「今日はちゃんと整えたい」って思った。
誰かの目線のためじゃなくて、
予定があるからでもなくて。
ただ、自分のために。
今日の自分が、自分にちゃんと触れたかっただけだった。
鏡を見て、肌に触れて、
その日の気分でスキンケアを選ぶ。
その行為が、
「わたしをここに存在させる」ってことだった。
そうして肌に意識を向ける日が続いていったら、
だんだんと、
“肌を整える”ってことの意味が変わってきた。
前みたいに“隠すための整え”じゃなくて、
“ごまかさないための整え”に。
「ちゃんと生きてたい」って思うようになった。
肌がきっかけで、そんな気持ちになるなんて思ってなかったけど。
気づけば、
すっぴんで笑えるようになってた。
それがすごく、ただ、心地よかった。
大げさでも、自己肯定感がどうとかでもなくて。
ほんの少し軽くなっただけ。
鏡の中の自分が「今のわたし」であることに、
変な違和感がなくなっただけ。
それだけなのに、嬉しかった。
今も美容の情報は溢れてるし、
「こうあるべき」みたいな空気もなくなったわけじゃない。
けど私は、
“整えること”を誰のためでもなく、
自分の感覚のために選んでいきたい。
肌がきれいなだけじゃ、人生は変わらないかもしれない。
けれど、
自分の肌とちゃんと向き合えるようになった時、
人生は、少し自由になった気がした。
